華北の田んぼ 2
灌灘もなく、技術も幼稚な農耕では、播いた種子が自力で子供を生んで、数倍の種子となり、手元に帰って欲しいという期待がすべてでした。
その期待も旱天、洪水、病害虫、また冷涼な秋の訪れによって裏切られることがしばしばでした。
そして、凶作は、種々の抵抗性をもった、いくばくかの性の強いイネを残すことになります。
広大な稲作地域に今日温存されている莫大なイネの変異には、人間の飢餓とイネの試練の時間が刻まれているのです。
華北が、穀子(アワ)や屡子(キビ)なら、長江以南は、穆子(シコクビエ)や湖南稜子(ヒエ)が親しまれている穀物です。
稲作地でよく知られた雑草の一つにヒエがあります。
雑草のヒエが生えないような田にはイネも育たないのです。
旱魃や塩害に対しては、はるかに強いヒエは、立毛のまま枯れた田にも青々と育ちます。
イネの収穫の代わりに、雑草ヒエの収穫になることもあったに違いありません。